自分の心の矮小さと向き合う話
のっけからタイトルが暗いですね。
はい、その通りです。ブログを作って3日目ですが、そういう話をします。
これは今私の精神がちょっと弱ってるのと、それを自分の中で消化するという目的があります。
ちょっと気の利いたジョークでも交えて話せたらいいんですけど、なにせいりす症候群!のサントラを聴きながら書いてるので無理かもしれません。
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メンタルの弱さについて
初めに、私はかなりの豆腐メンタルです。
プレッシャーを掛けられると何もできなくなります。
怒声が聞こえると心臓が締め付けられて吐きそうになります。
かすり傷程度でテンションが下がってやる気が著しく低下します。
LINEやスカイプのチャットで相手が少し素っ気なくなると「あ、もう嫌われたかな。そろそろ縁の切れ目かな」なんて飛躍した思考が炸裂します。
これまでの人生で「馬鹿」「アホ」といった罵倒なんて、覚えてる限り一桁しか言われていないので、そういう言葉を掛けられると理性を失います。
本当にちょっとしたことで卑屈になります。
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キャパシティの小ささについて
自分を曲げることがとにかく嫌いです。
親しくない人と遊びに行くのが嫌、周りの意見に合わせるために愛想笑いをするのが嫌。年上に媚びるのが嫌、嘘をつくのが嫌、好きでもない仕事をするのが嫌。
自業自得なんですが、これの所為で学生時代は大変でした。
中学時代は学校の方針に納得できず不登校に。
高校時代は斡旋された就職先が嫌で教師と口論に。
就職してからも職場の人間と仕事が合わずに2ヶ月で退職。その後メンタルと体両方がやられて体調不良に。喘息も悪化。
うわあ、酷いですね。まさに社会不適合者です。
実際、中学時代は要注意児童として扱われ、最初の職場でも散々笑い者になっていました。書いてて悲しくなってきたぞ。
それでですね、こんな社会不適合者が今何をしているのかと言うと、
フリーターをやりながら家族とそこそこ幸せに過ごしています。
その前にも家出をして孤独に生きることを覚悟したりなんなりあったんですが、
結局そういう部分に落ち着きました。
それはどうしてかというと、自分でも不思議なんです。
こういう自分でも好きでいてくれる人がいるんですよね。
人間って単純なもので、もう嫌だ、生きるのに疲れた。誰も信用できないってなってても、「大丈夫、そのままでいいよ」という言葉だけで救われるんですね。
私の場合、この言葉をくれたのは母でした。
自殺orホームレスまで考えていた当時新卒だった私ですが、この言葉でその考えはなくなりました。
その結果、会社を辞め、自分の精神が死なない程度のバイトをしながら細々と生きていくことにしました。
世間から見れば、甘えだとか何だとかそういう言葉が出て来るでしょう。まぁ実際そうなんでしょうし。
そして、当時の私ならその言葉に打ちのめされていたでしょう。
でももうどうでもいいです。
結局、弱い人間は弱い人間なりに細々と生きていくものなのです。
無理に強い人間の歩幅に合わせる必要はありません。
周りの言葉に流されて、無理をして、それで自分の体が壊れてしまっては何の意味もありません。
そして、それを恥じることもありません。
社会不適合者も豆腐メンタルも言ってしまえば個性です。
このあたりを「まぁいっか」で済ませられるようになると、自分のことを好きになれます。
未だ自分の弱い部分に悩み、周りに蔑まれ、自分は生きてる価値がないと思ってしまっている人へ。
大丈夫。そんなことないです。あなたはそのままで良いです。
逃げても良い。甘えても良い。無理をして体を壊すくらいなら割り切って「負け組」でも「社会不適合者」でも呼ばれてやりましょう。
むしろ、嫌なことから逃げまくって好きなことをしていれば、それが何かの道に繋がるかもしれない。
将来なんて気にしすぎてもどうなるか分からない。なら明日の朝ごはんのことでも考えよう。
豆腐メンタルでも良い。それが自分だから、しょうがない。
人生なんてそれくらいの考えで良いんじゃないかなと思います。
そんなわけで、弱い人間が自分の心と向き合って生きていくお話でした。
あ、何で私が今精神的に参っているのか書いてませんでした。
本来歯が生えないであろう場所に未発見の歯があったからです。
もう最悪です。歯医者こわいです。結局この不安解消できてないし。ふぁっきん。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
■補足■
自分の弱さを克服しようとしている方、改善しようとしている方へ。
とても素晴らしいことだと思います。めっちゃ応援します。
改善できるならそれに越したことはありません。
体を壊さない程度に、そのまま頑張ってください。
あ、あと自分を好きでいてくれている人に対していいことするのも大事です!
優しくされた分その人のことを大事にしてください!